A Dose of Rock'n'Roll

いろんな国の映画について書いています。それから音楽、たまに本、それとヨーロッパのこと。

ボーグマン(2013)

原題: Borgman
制作: 2013年 オランダ・ベルギー・デンマーク合作
監督: アレックス・ファン・ヴァーメルダム
出演: ヤン・ベイヴート、ハデヴィック・ミニス、イェロン・ペルセヴァル
 

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一番最初に言いたいのは、「パッケージにだまされるな!!!!」ということ。この日本版DVDのパッケージ作った人誰だよ…売りたくなかったのかよ…。(むかつくので一番最後に出します)
本当にパッケージだけ見て単なるB級スプラッタだと思っていたらそれは実に惜しいミス。実際には精緻に作られた不条理サスペンスであって、スプラッタ要素はゼロ。私はなかなかの佳作だと感じた。
 
もう一度言うけど、本当にパッケージとは似ても似つかない、予想外に宗教色の強い作品。一言で言うと「悪魔」の姿を示している。悪魔はどこからともなくやってきて、郊外に住む平和な家族に侵入。そこにいる大人に不吉な死だけを残して何も言わず去っていく…。
 
 
 
!!! 以下、ネタバレを含みます !!!

 

 
 
 
 
 
 
 
いや恐ろしい映画だった。
彼らの行動はひとつひとつ、まさに”悪魔の所業”なんだが、作中では一切の説明がなされていない。
つかれたようにやってきて従う2人の女性、逆さにして沈める奇妙な死体の処理、飲まされる液体、背中の手術、そもそもこれらが彼らにとって何の意味を持っているのか、彼らの目的が分かるような糸口は全くなく、彼らはさもこれが「当たり前」のことのように静かに、しかし着実に何か分からない”それ”を進めていく。
 
ただひとつ、対照的な「動」がこの映画にあるとすれば、それは主人公の女性、マリナ。唯一彼女だけが心の動きを描写されている。不安を抱えながらも何故か悪魔を拒否できず最終的には惹かれていく彼女の演技は、もしかすると単に退屈で意味不明なだけだったかもしれないこの映画に見事に起伏を与えている。
 

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実は、映画としてはマリナの夫も非常に豊かに感情を表現しているのだが、それが見せかけであるのも怖いところ。彼の場合、その見かけの激情とは裏腹に、まるで祭壇の上の獣が斧をふるわれる前に手足を動かすような、実に些末なこととしてしか描かれていない。物語の主格としての人物の内面は描かれていないのだ。
 
冒頭に”精緻に作られた”と書いたが、それは決してBGMをほとんど排して物語を淡々と見せる「静かな」撮り方についてだけではない。むしろ、「悪魔」を表現するために使ったモチーフを非常に細かいところまで気を配って作り上げているところにその真価がある。
 
わかりやすいところだけを列挙してみよう。
 
  • 彼らは最初、土の中で生活をしており、そこを聖職者たちに攻撃される場面から映画は始まる。これがある意味もっともわかりやすいヒントだと思う。

     

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  • ただ、すごく残念なことに日本語字幕の「誤訳」のせいでこのシーンへの理解が難しくなってしまっていると感じた。”aarde”というオランダ語(英語で言うとearthですね)は、異星人を連想させる”地球”ではなく、”この地”(大地)とかにすべきなのでは。
 
en zij daalden neer op aarde om hun gelederen te versterken(そして彼らは自らの集団を強化するため、地球へ襲来した)
 
  • パッケージにもなっている、主人公のマリナに悪夢を見させるシーン。これは複数回あるのだが、この絵と全く同じ。18世紀にスイス人のフュースリが描いた「夢魔」である(原題は”the Nightmare"なので悪夢だが…)。

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  • 悪魔は自らをアントン・ボーグマンと名乗っているのだが、子供達に不気味な童話を語るシーンがある。怪物に村の子供が飲み込まれるというものだ。そこで登場するのが”足の悪いアントニウス”だ。「僕が子供を取り戻します」。
 
冷たい風の中、母親は彼の手にキスをした。
 
  • なんと暗示的なシーンだろう。あまり自信はないが、”足を引きずった”というのも悪魔を示す伝統的なモチーフじゃなかったかなと思う。
 

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  • 流れを完全に無視だけど、家庭教師役の子が、、、かわいくて、それでまた怖い。(あ!この子がデンマーク人なのデンマーク合作だからか!)
 

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  •  カンヌに出てます。
 
最後に言っておきたいのは、これ、立派な”ハネケ”映画なんですよ。最後にボーグマンがカメラ目線でウインクでもしたら完全にオランダの『ファニーゲーム』だったと言い切れる。
宗教色を付加したところはハネケらしくないが、描かれる不条理、説明の拒否、そしてグロテスクをうつさないでグロテスクを表現する映像、完璧だ。ぜひ同じ調子でもう一作、見たい。
 

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  • 拡大するとどうもジワる。

 

 

 
 
……最初の叫びに自答してみるけど、多分”ハネケ系”が好きなお友達よりも血まみれグロテスクスプラッタ好きのお友達の方が人数多いから、「売れる方」に合わせてパッケージ作ったんですよね…。ううむ。。

 

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  • スプラッタじゃねえっての。
 

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  • Huluの画像、こっちの方がまだいい。でもなんか私は『ヘンリー』を思い出した。これも淡々としてて怖い。
 
PS 先にも書いたけどミヒャエル・ハネケに代表されるような静かな中で淡々と進行していく不条理劇が大好きな私。もしその手の良作があったらぜひ教えてください。
 

*1:ちなみにエロいシーンはないです。主人公巨乳だけど。