A Dose of Rock'n'Roll

いろんな国の映画について書いています。それから音楽、たまに本、それとヨーロッパのこと。

万引き家族(2018)

今年のカンヌ映画祭パルムドールを受賞したことで大きな話題になった映画を観てきました。どうもまとまりのない文章ですが、あえて監督の過去作との比較ではなくて感じたままを。

 

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万引き家族 : 作品情報 - 映画.com

 

 

非常に多くの人におすすめできる映画だった。その1つの理由がとにかく「よくできている」ということ。どこを切っても粗が目立つようなところはなく、どんな世代・性別・映画鑑賞歴であっても「うんうん」とうなずく映画なのではないか。
具体的に挙げるなら、

  • 全体を通して映像の緻密さ ・・・ 繊細なタッチで人物とその環境を映しながらも苦しい生活を示すところでは生々しく、彼らの生活の矛盾を示すところではあえて冷たく
  • カメラワークのうまさ ・・・ 特に、登場人物たちにも見えていない花火を音だけで映しながら俯瞰で家族がひとりひとり出てくるところを見せるシーンを挙げておきたい
  • 違和感のないお話の運び方、それでいて観客を決して置いてけぼりにしないだけの説明の盛り込み
  • 実力ある役者をそろえたお芝居のうまさ、キャラクターそれぞれの立ちかた

といったところなんだが、あえて言うならば非常に「優等生的な」つくりだと感じた。

 

しかし、重要なのは、こうした製作をもってすれば容易に「ほっこり」終わらせることが可能だったにもかかわらず、あくまでそうした方向で「感動物語」に仕立てないで、ギリギリ踏みとどまっているところだ。誤解を招く表現なのは承知だが、弱者を主人公に据えたお話(フィクション)を無批判に観客に提示する“弱者ポルノ”にはもう飽き飽きしていて。

もちろん、この作品に「お涙ちょうだい」がなかったとは言わない。この点で、警官との接見のシーンはやや過剰な演出だったというべきだろう。

ただ、全体としてみればこの作品に通底しているのはたくましく生きる家族の感動物語ではなく、そうしか生きられない弱者とそうした社会を作ってしまったことへの悲しみであり、さらに監督自身のそうした人々を見つめる暖かい眼差しではないか。

こうした意識の重さとそれをできるだけ観客に歩み寄って提起するバランスこそがこの映画を良作足らしめているといえる。

 

テーマについて、もう少し詳しく私個人が受け取ったものを書くと、本作に関する報道でよく見る(そしてタイトルにもある、万引きをせざるを得ない)「貧困」よりももう一歩踏み込んで、その理由として「弱者が受け入れられない社会の不寛容さ」というものだった。

※ これを現実の社会における課題として「不寛容」と表現していいのかどうかについては私は大いに迷いがあるものの、この作品はそれを「寛容でないこと」ととらえていると見た。

 

このような監督の問題意識については大いに評価するし、個人的にはよく伝わったものの、それでもなお辛口に言うなれば、まだまだ多くの人には正しく伝わっていないのではないか。それはやはり、「家族愛」の物語があくまでも主軸となっているから(そう、”絆”なのである)。

大変余計なお世話だが、上っ面しか読み取れない、無批判に画面を眺めるだけの観客に監督が持つ問題意識が伝わっているのか?という点では、正直大いに疑問。つまり、ミヒャエル・ハネケの言う「眠っている観客を揺さぶり目覚めさせる」とい役割においては若干の力の弱さが否めなかったのではなかろうか。
(『万引き家族』をドイツのアート系映画監督が撮ったならば(たとえば主人公は中東からの移民だろう)、この何倍も貧困とその現実の厳しさについての言及に重きが置かれるのではないか)

 

と、やや批判的なことを書きながらも、総評としては冒頭に書いた「みんなにおすすめしたい1本」であることに変わりはない。やはりこの映画はどうにもアイデア勝ちのところがあって、万引きでつながっている家族というその作品世界が魅力的に輝いているのである。うん、やっぱりそれなら表面だけだとしてもたくさんの人が見ればいいんじゃないかな。そういう作品でした。

 

 

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是枝裕和監督の『万引き家族』が高評価──カンヌ国際映画祭9日目・写真レポート|映画(ムービー)|GQ JAPAN

いい写真だなーこれ。

 

 

※ 疑似家族というテーマでは、2015年に『ディーパンの闘い』(フランス)がパルムドールをとっている。こちらはスリランカから内戦を逃れて移民した人物が家族として暮らすという設定。背景となる社会問題が戦争と貧困というより重苦しいものなのだが、物語としては『万引き家族』と正反対なほど力強く生きる様を描く作品に仕上がっている。後半の驚きの展開が見ものでもあり、こちらも大いにおすすめです。

 

eiga.com

 

※ これは完全に蛇足だが、ドイツのアート系映画と比較して考えると、なんだかとても日本人が作った映画らしいという気がしてきた。すなわち、(数々の秀作を撮ってきた監督をしてすら)強烈な個性を打ち出すわけではなく、あくまでお話に重きを置きながら緻密でよくまとまった製作、そしてそれなりの問題意識があるもののそこにどういうわけかそこには希望がある(これが逆にドイツ映画ならどういうわけか絶望するのである)という表情が。

 

 (2019/07/30追記)

※ 冒頭で「あえて過去の作品との比較では無く」と書いたんだが、当然過去作と比較してみると本作が『誰も知らない』と同じ意識から派生した作品であることは誰の目にも明らからだろう。リブート、というべきではないものの、監督が思う「家族と社会のあり方」について、個々のキャラクターの奥行きをもっと観客にわかりやすく開陳して見せ、世界観を拡大(そう、本作では物理的な距離も大いに広がっているのだ)していった結果が本作だとすると、彼の試みは驚くほど成功していると思うし、プロフェッショナルとして賞賛に値するもの。