A Dose of Rock'n'Roll

いろんな国の映画について書いています。それから音楽、たまに本、それとヨーロッパのこと。

ジョーカー(2019)

話題の『ジョーカー』を観てきたので、その感想です。

 

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ジョーカー : 作品情報 - 映画.com

 

バットマン映画がベネチア…?とかニュース時点では思っていたものの、鑑賞後にはそんな疑問は100%吹き飛んだ。かなり陰惨な話ではあるが、ギラギラ光るような魅力がある。有名な悪役の誕生譚という形を借りながら1人の男のゆがんだ自意識をこれでもかと描き出す、掛け値なしの力作だ。

 

ただ、これは非常に危険な映画なのではないか。

 

というのが私の正直な感想だった。以下、この部分について書いていく。

 

!!! (ないとは思いますが)ネタバレがあるかもしれません !!!

 

 

危険、というのはまさに「架空の悪役の誕生譚」という形を取っているから。一部の評のようにインセル*1を擁護するような視点は映画そのものにはないと思ったが、それでもこれが最終的に暴力に解決を見出す男へ異様に感情移入できる映画であることは間違いない。

 

その感情移入の先にあるのは暴力によって金持ちをたたくというカタルシス、つまり快楽である。「(自らの不遇で)暴力を正当化しているわけではない」「政治的な意図は全くない」とは、劇中でのジョーカー(アーサー=持たざる者)がロバートデニーロ演じる人気司会者(=持てる者)に向けて言う台詞だが、そうではない。実はこの快楽は政治的なものなのである*2

 

本来、このような快楽は”密かに”得られるべきものなのだが、この映画ではホアキン・フェニックスという名優の目をみはるレベルの演技によってこの快楽を得ることが強く支持されている。要するに、観客は「僕/私はジョーカーだ」というだけでなく、「僕/私はジョーカーでいいんだ」と肯定的に思えるということである。

 

そしてジョーカーは金持ちを殺し、不満を爆発させた市民から熱狂的な賞賛を得る。基本的にこれで映画は終わりだ(実際はもう少しシークエンスが続くが)。

バットマンの世界と違い、ジョーカーの誕生までに焦点をあてた本作では、ジョーカーはバットマンに「成敗」されない。バットマンの世界*3では、ジョーカーはバットマンの矛盾を映し出す鏡だったはずだ。だからこそ物語に深みが出て、「正しき行い」という問いに多角的に迫ることができる。これは何もバットマンだからというわけではなく、正義漢が出てくる物語での悪役とは、多かれ少なかれそういうものだ。しかし、悪役のみが登場する物語では話は違ってくる。鏡の前に鏡を置いても正義漢は映らない。そこには無限に鏡が映し出されるのみである。この映画『ジョーカー』では、観客は心の中にあるジョーカーを大いに肯定されたあと、そのまま置いてきぼりにされる。それはとても危険なことではないだろうか*4

 

もし、これが人生に絶望した「とある」男の物語であれば、ここまで人を惹きつけなかったかもしれない。しかし、絶望の末に暴力的な解決を実現してしまった男の心理は、「ジョーカー」という誰もが知る悪役の形を借りることでまさに万人に理解可能なものとなる。さらには全く逆の面でも、暴力的な解決による快楽を「あくまで架空の人物ではないか」と済ませられるという危険がある。

 

悩ましいのは、最初にも書いたようにこれが大変魅力的な映画で、私はベネチア映画祭での金獅子賞には大いに納得している。加えて、(繰り返しになるが)ホアキンフェニックスの演技は、すでに何作もの映画でその力量を証明してきたにもかかわらず、今回もまた多くの人に見ることを勧めたくなるものだった。

 

だからこそ、頭を抱えている。それでは、一体「持たざる者」の物語とは、どのように語るべきものなのだろうか?

この映画にはそんな問いかけはなかったかもしれないが、私にとっては大いに悩ましいテーマを突きつけられた気持ちになっている。

*1:なんか知ったかぶりしましたが(笑)別に私も馴染みのある言葉ではないです。Wikiによれば「不本意の禁欲主義者」と訳すらしく、要するに「モテないをこじらせてやたら人を攻撃してくる人」のことです。

*2:アメリカの現代史に詳しくないので全然わからなかったのですが、こちらの記事によればかなり露骨な引用があるらしいです。ちなみに、評自体はかなりけなしてます(笑)。

引用されている映画といえば、高架下を追いかけて電車に逃げ込むシーンで『フレンチ・コネクション』を思い出しましたんですが、これはもはやニューヨーク撮ってたら特に意識しないでも出てきてしまうものなのでしょうか(笑)。

*3:ジョーカーが出てくるバットマンものでやはり白眉は『ダークナイト』だと思います。当然のように『ジョーカー』鑑賞後3部作を見直したのですが(笑)3作中でも明らかに抜群の出来で、2019年のホアキン版ジョーカーが出ても、ヒースレジャーのジョーカーは全く霞んでない、ということを再確認しました。未見の向きは、3作中これだけでもぜひ!

eiga.com

*4:あえて書いておきたいのが、「自分の人生は不遇だ、それは社会・金持ちが悪い」と感じている人を扇動して危険ですね、と言っているのではなくて「自分は人よりも損をして生きている」なんて感覚はほとんどの人が多少なりとも持っているものだからこそ、多くの観客にとって危険なのでは、ということです(わかりづらいな…)。